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農地とは法律上「耕作の目的に供される土地」(農地法第2条)と定義されています。農地法は農業を保護し食料の安定供給を確保するという政策的観点から定められた法律で、農地の相続にはその規定に基づく特別なルールが課されます。
そのため、農地が相続財産に含まれていると
「誰も農業を継ぐつもりがなく、農地を相続したがらない」
「農地を売ったお金を分け合いたかったのに売却が進まない」
と、思わぬところで躓くことがあります。
こちらでは、札幌市近郊で多くの相続手続に携わってきた弁護士が、農地の相続において知っておいて欲しいことについてご説明いたします。
土地(不動産)の相続の基本的な流れは、
①遺言書や遺産分割協議書で分割方法を定め、
②新たな名義人を公示するために法務局で所有権移転登記の手続を行う、
というものです。
しかし農地の場合はさらに、相続人が農業を継ぐかどうかに関わらず、③当該農地を管轄する農業委員会への届出をしなければなりません(農地法第3条の3第1項)。
この届出は地方自治体が農地の有効活用を図るという目的のもと、農地を取得することになった方に義務付けられているもので、相続開始、すなわち被相続人の死亡から10か月以内に行わなければならないという期間制限が設けられています。届出をせず放置すると過料に処されることもありますので注意が必要です(農地法第69条)。
農地の相続のケースでも、相続財産の総額が基礎控除額を超えている場合には相続税の申告を要します。税額の計算の基礎となる農地の評価については国税庁の財産評価基本通達が定められており、宅地化の傾向の有無・程度によってなされた農地の区分ごとに異なる方法がとられています。
(1)農用地区域内にある農地
(2)市街化調整区域内にある農地のうち、第1種農地(集団的農地区域内の農地)又は甲種農地(土地改良事業等から8年経過していない農地や10ha以上の集団農地で高性能農業機械での営農に適する農地)に該当するもの (3)上記(1)及び(2)に該当する農地以外の農地のうち、第1種農地に該当するもの(ただし、近傍農地の売買実例価額、精通者意見価格等に照らし、第2種農地又は第3種農地に準ずる農地と認められるものを除く) |
純農地の評価は、倍率方式という、「農地の固定資産税評価額」に、「国税局長の定める倍率(※)」を乗じて計算する方法で行います。
※評価倍率は国税庁ホームページで確認することが出来ます。
(1)第2種農地(市街化が見込まれる地域の農地)
(2)上記(1)に該当する農地以外の農地のうち、近傍農地の売買実例価額、精通者意見価格等に照らし、第2種農地に準ずる農地と認められるもの |
中間農地の評価も、純農地と同じく倍率方式を用いて行います。
(1)第3種農地(市街化が進んでいる地域の農地)
(2)上記(1)に該当する農地以外の農地のうち、近傍農地の売買実例価額、精通者意見価格等に照らし、第3種農地に準ずる農地と認められるもの |
市街地周辺農地は、その農地が市街地農地であるとした場合の価額の80%相当の金額であるとして評価します。
(1)転用許可(農地法第4条または第5条)を受けた農地
(2)市街化区域内にある農地 (3)転用許可を要しない農地として、都道府県知事の指定を受けたもの(農地法等の一部を改正する法律附則第2条第5項の規定によりなお従前の例によるものとされる改正前の農地法第7条第1項第4号) |
市街地農地の多くは、宅地批准方式による評価を行います。宅地批准方式とは、「その農地が宅地であるとした場合の価額」から、「その農地を宅地に転用する場合において通常必要と認められる造成費相当額(として国税局長が定めた金額)」を控除する計算方法をいいます。
ただし、市街化区域内に存する市街地農地については、倍率方式による評価も出来ると定められています。
広大な農地にはそれだけ多くの相続税もかかることになります。ですが、相続人が「農業を継ぎたくても相続税を払うためには農地を売却しなければならない…」という事態に陥ってしまうことは、農業を保護して食料の安定供給を図るという政策的な立法目的に反することになってしまいます。
そこで、国は自ら農業経営を継続する相続人を対象に税制面で支援する目的で「農地を相続した場合の課税の特例(相続税納税猶予制度)」を設けています。この制度が適用されると、本来の相続税額のうち農業投資価格(※)を超える部分の納税が猶予されます。
※農業投資価格とは、「農地等が恒久的に農業の用に供される土地として自由な取引がされるとした場合に通常成立すると認められる価格として国税局長が決定した価格」をいい、通常の宅地評価額よりも低めの額で設定されています。
上述の制度目的から、納税猶予を受けるためには被相続人、相続人、そして対象の農地についての要件が定められています。
・死亡の日まで農業を営んでいた者
・生前一括贈与(贈与税納税猶予)をした者
・死亡の日まで特定貸付けを行っていた者
特定貸付けとは、都市部の住民等相当数の者への趣味的な利用を目的とした、一定の面積以下、5年を超えない期間で行う農地の貸し付けのことをいいます。そして、特定貸付を行っていた農地のうち、納税猶予を受けられる農地は市街化区域外にあるものに限られています。
・相続税の申告期限までに農業経営を開始し、その後、引き続き農業経営を行う者
・生前一括贈与を受けた受贈者
・相続税の申告期限までに特定貸付けを行った者
被相続人が農業の用に供していた、または特定貸付を行っていた農地で、以下のいずれかに該当することが必要
・被相続人から相続により取得した農地で遺産分割がされているもの
・贈与税納税猶予の対象となっていたもの
・相続の年に被相続人から生前一括贈与を受けたもの
以上の要件を満たしたうえで、相続税の申告書に所定の事項を記入し、相続税の申告期限までに以下の添付書類と一緒に提出します。納税猶予を受けるためには納税猶予税額および利子税の額に見合う担保の提供が必要な点に注意しなければなりません。
【相続税申告書への添付書類】
・相続税の納税猶予に関する適格者証明書(農業委員会で取得)
・担保関係書類(税務署所定の担保提供書のほか、抵当権設定登記承諾書など)
また、納税猶予期間中は3年ごとに、継続届出書の提出も必要です。
継続を届けないでいると猶予が取り消され、猶予された額に利子税を加えた額を納めなくてはならなくなりますので、忘れずに手続しましょう。
不要な農地を放置していても、固定資産税や管理費用の負担が続く、手入れをしないと土壌が荒れて農地としての価値が下がる、といった問題が生じます。
ですが、農業を継ぐ予定がない相続人が農地を受け継ぎ、その後宅地などへ転用するには都道府県知事(または指定市町村の長)の許可を得ないとなりません(農地法第4条)。そのため、「相続人全員が農地を取得したがらないため、遺産分割協議が進まない…」というケースがあります。
複数の相続人で換価分割(売却した代金を分け合う方法)をしようとしても、農地の売却には農業委員会の許可(農地法第3条)を経なければならないので、通常より相続手続の完了まで時間がかかることが多いです。
なお、相続人が農地を継いで農業を続ける場合にも考えなければならないことがあります。
特に被相続人の主な遺産がその農地しかない場合、一人の相続人が農業を継ぐことを前提に農地を相続するときに、他の相続人が「家業を継ぐのに必要なら…」と相続分の放棄や譲渡を受け入れてくれれば良いのですが、中には不満がでるケースもあります。その場合、農地を取得する方が他の相続人に法定相続分相当の代償金を支払う方法(代償分割)が出来るかどうか、検討しなければなりません。
また、農業の効率的な運営には一定の広さの農地があることが前提となります。そのため農業をしたい相続人が複数いたとしても、農地を現物分割して物理的に細分化してしまうと事業が成り立たなくなってしまうリスクがあることに注意しましょう。
農地を所有しつづけることによる負担を回避するためには、相続放棄という選択肢もあります。相続放棄は「全ての財産を相続しない」という意思表示の手続なので、特に被相続人が農業を営むための借金も残していたようなケースでは有用です。
>>相続放棄について
ただし、相続放棄をしても農地を占有していれば、農地を他の相続人や相続財産清算人、相続財産管理人に引き渡す(占有を移す)まで管理義務が残ります(民法第940条)。
農地のような不動産は現金のようにきれいに分割できるものではなく、また農地特有の問題として他の財産よりも相続手続に手間がかかりがちなため、特に農業を継ぐ方がいないケースでは相続人全員が納得する分割を実現することが難しくなる傾向にあります。
弁護士法人リブラ共同法律事務所では、農地が相続財産に含まれるケースでの
✓遺言書作成等の生前の対策
✓相続人調査・相続財産調査
✓相続開始後の相続人間の紛争(協議、調停、審判)
✓分割方法決定後の相続手続
のいずれについてもご相談をお受けしております。また、相続税に関するお悩みについても連携している税理士とともに解決にあたらせていただきます。
札幌市近郊で農地の相続についてお悩みのある方は、弁護士法人リブラ共同法律事務所へぜひご相談ください。