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相続が開始すると、遺産分割協議を進めるために相続財産の種類や内容を調査することになります。このとき、相続人の皆様としては、まず被相続人名義の預貯金口座を確認されることがほとんどだと思います。その際、被相続人の生前や死後に、多額の出金がなされていることが発覚し、預貯金を管理していた相続人の一人による使い込みが疑われることがあります(「使途不明金」の問題と呼ばれることもあります)。
そこで、ここではこうした預貯金の使い込みが疑われるケースで他の相続人が取るべき対応につき、札幌市近郊で相続問題を多数取り扱っている弁護士が説明いたします。
例えば、被相続人が死亡前に施設に入所していた場合や、自宅で生活していても判断能力が低下していた場合には、身近な親族などが本人に代わり預貯金を管理していることが珍しくありません。しかし、そうした状況で預貯金の管理を任されていた人が被相続人に無断で預貯金を引き出して消費したり、着服したりしてしまうケースがあります。このような預貯金の引き出し行為は、窃盗や横領に該当する場合もあります。しかし、親族間の窃盗や横領については刑が免除される(刑法第244条、同第255条)ことから、警察に掛け合っても家族間の問題として立件してもらえないのが実情です。
そこで、相続財産を使い込まれた相続人は、使い込みをした相続人に対し、被相続人から承継した「不当利得返還請求権」または「不法行為に基づく損害賠償請求権」に基づき、引き出された金銭の返還を請求することになります。まずは使い込まれた分を任意に相続財産に戻してもらえないか、協議することになります。当該相続人が使い込みの事実を認めた場合、現金で返還してもらってもよいのですが、すぐに対応できるだけの資力がないことも考えられます。そこで、相続人全員の合意により、使い込みをした相続人が単独で被相続人の不当利得返還請求権等を相続することで返還等債務を混同により消滅させ、他の相続人はその分だけ残りの財産について多く取得する、という内容で遺産分割を行うことで簡便に処理することも可能です。
しかし、使い込みを疑われている相続人が使い込みの事実を認めず、話し合いで解決できなければ、他の相続人は地方裁判所(訴額が一定以下であれば簡易裁判所)に民事訴訟を提起することになります。両請求の大きな違いは、①時効期間が、不当利得返還請求権は「使い込みを知った時から5年」または「使い込みがあってから10年」(民法第166条第1項)、不法行為に基づく損害賠償請求権は「使い込みを知った時から3年」または「使い込みがあってから20年」(民法第724条)とされていること、②不当利得返還請求では弁護士費用を請求できないが、不法行為に基づく損害賠償請求では請求できること、です。
なお、家庭裁判所に申立てをして行う遺産分割調停においても、使い込みについて話し合われることはありますが、遺産分割調停はそもそも範囲が確定した遺産をどのように分割するかを話し合う場であるところ、遺産は相続開始時(=被相続人の死亡時)に被相続人に属する財産をいうため、被相続人の死亡前に使い込まれた預貯金は分割の対象である遺産として取り扱わないのが通常です。そのため、裁判所の実務上は、使い込みについてはあくまで付随的な問題にすぎないものとして扱われ、ある程度協議しても解決しない場合には、遺産の範囲が確定していないとして調停自体の取下げを勧告されたり、調停不成立とされてしまったりすることもあります。そこで、遺産分割調停の申立てに先行して使い込まれた金銭の返還を求める民事訴訟を提起しておくことや、民事訴訟と遺産分割調停とを並行して進めることを検討する必要があります。
金融機関が被相続人の死亡を知れば、被相続人名義の預貯金口座は凍結され、出金はできなくなります。しかし、相続人の一人が被相続人の死後に、勝手にキャッシュカードを使用して被相続人名義の預貯金口座から金銭を引き出すケースは珍しくありません。
被相続人の預貯金は、被相続人の死亡後は、法律上は相続人全員の共有になります(民法第898条第1項。債権であるため正確には「準共有」といいます)。したがって、一人の相続人が共同相続人の共有財産となっている被相続人名義の預金を勝手に引き出したことは、他の共同相続人に対する権利の侵害であり、他の共同相続人は、引き出した相続人に対し、自己の権利が侵害された限度で不当利得返還請求権を取得します。
被相続人死亡後の使い込みのケースでも、従来は家庭裁判所での遺産分割調停とは別に、地方裁判所(訴額が一定額以下の場合は簡易裁判所)に対し民事訴訟を提起する必要がありました。しかし、平成30年の民法の改正により、令和元年7月1日以降に発生した相続については、相続開始後、遺産分割前に引き出された預貯金については、当該相続人以外の他の相続人全員の同意があれば、遺産分割時に相続財産として存在するものとみなされるようになりました(民法第906条の2第1項)。つまり、被相続人死亡後に使い込まれた預貯金も相続財産の範囲内にあるものとして、遺産分割調停において解決を図ることが出来るようになりました。
①金融機関から預貯金の取引明細を取得
②金融機関宛の払戻請求書の写し取得
③被相続人の医療記録、介護記録、介護認定調査票などの取り寄せ
④(必要に応じて)相手方の財産への仮差押え
⑤相手方との協議
⑥(協議がまとまらなければ)民事訴訟の提起または調停申立
⑦(判決または審判後、支払いがなければ)強制執行の申立
①~③は、使い込みの状況確認および証拠収集のために行うものです。
①は、預貯金の取引の経過に不審な点がないか、その内容を確認するための手続です。銀行の窓口に、口座名義人の相続人本人であることを証明できる書類(戸籍謄本、印鑑登録証明書等)を持参することになります。当時の被相続人の状況、通常の生活費等を考慮して不自然な高額な払い戻しの記録があれば返還請求の対象として検討していくことになります。
②は、特に①で取得した明細に不審な出金があった際に、払戻請求書の筆跡を確認することで、当該出金が被相続人の意思に基づくものかどうかを確認するために行います。①と同様、相続人本人であることを証明できる書類を持って金融機関窓口にて手続きをすることになります。取得した払戻請求書の控えと被相続人が生前に記載した手紙などの筆跡と照らし合わせて、両者の筆跡が異なるようであれば、被相続人本人ではなく他社が払い戻し手続きをしたことの証拠となり得ます。
③は、被相続人が入院していたり施設に入所していたりする状況で高額な払戻が行われているような事案において、当時の被相続人の心身の詳細な状況を把握するための手続です。これらも基本的には相続人単独で取り寄せられるものですが、中には弁護士に手続を委任しなければ開示に応じてもらえないケースや、入院期間が長い場合には費用(コピー代等)が多額になるケースもありますので、事前に病院や施設に確認しておきましょう。取り寄せた記録から、本人が自身で財産を管理できる能力がないにもかかわらず日常の生活費(病院や施設への支払いや日用品購入などの雑費)を超えた多額の払戻しがあるとわかれば、預貯金が使い込まれている可能性が高まることになります。
④は、相手方の手元に財産がなく裁判に勝訴しても回収可能性が低くなると見込まれるようなケースで、必要に応じて行うものです。相手方の預金や不動産といった財産を差し押さえるという、相手方に大きな不利益を被らせる効果が生じるため、申立人も担保金を用意する必要があるほか、申立人が不当利得返還請求権や損害賠償請求権を有していることや、保全の必要性があることを裁判所に疎明しなければなりません。
資料が揃ったら、⑤相手方との協議を開始することになります。
ここで注意すべきなのは、請求権が時効により消滅しないようにすることです。時効の完成猶予(一時的に時効の完成を阻止すること。改正前の「中断」にあたります)には、訴訟の提起が必要になります(民法第147条第1項第1号)。また、間もなく時効が完成してしまう状況だったら、催告による時効の完成猶予(民法第150条第1項)中に訴訟提起の準備を進めることも考えられます。この催告は口頭でも良いのですが、確実な証拠を残すために、内容証明郵便で行いましょう。
⑥では、特に訴訟における立証責任に注意しなければなりません。
立証責任とは、簡単にいえば、自己に有利な事実を立証できなければ敗訴するという不利益を指します。そして、不当利得返還請求権や損害賠償請求権に基づく民事訴訟においては、この立証責任を原告側が負うことになっています。つまり、裁判所に使い込みの事実を認めてもらうには、原告側で、被告が被相続人の預貯金を自分のために使ってしまったこと、自分の財産に組み入れたことを証明するための主張および証拠提出をしなければなりません。他方で、預貯金口座を管理していた被告側から、疑わしい出金の使途を逐一証明することは要求されません。したがって、原告側から十分な主張・証拠提出がなされず、裁判官が、当該金銭が被相続人の生活費等に消費された可能性があると判断すると、原告敗訴の判決が出るおそれがあるのです。
勝訴判決を得ても、相手方が判決通りに金銭を支払わないこともあります。その際には、確定判決や遺産分割審判書といった債務名義を用いて⑦の強制執行を行います。使い込みの案件だと遺産分割が未了の財産があることも多く、被相続人の死亡当時に相手方本人に資力がなかったとしても、後で預貯金や不動産を相続することもあります。そこで、こうした相続により相手方名義になった預貯金や不動産に対して差し押さえを行う等の方法が考えられます。
当事務所では相続事件を取り扱う中で、「故人の預金口座の残高があまりにも少ない」「通帳に不審な出金が記帳されている」「親と同居していたきょうだいが使い込んでいたに違いない」というご相談を幾度となく受けてきました。
しかし、使い込みや使途不明金の問題は実態を解明することが難しいことも多く、憶測で追及してしまうと相続人間での激しい感情的な対立をもたらしてしまうこともあります。そこで、上で述べたような証拠収集が必要となります。
また、交渉や訴訟においては、相手方から「故人から贈与された」「故人に頼まれて出金した」「葬儀費用として必要だった」など様々な主張がなされます。
これらに一つ一つ適切な反論をするには、法律の知識や裁判例の分析が不可欠です。さらに、保全や強制執行を要するケースでは相手方が財産を隠してしまう前に迅速に手続きを進めなければ意味がなく、専門性の高い判断や経験を要するため、弁護士へのご相談をおすすめしております。
弁護士法人リブラ共同法律事務所では、札幌市近郊で相続案件を多数取り扱っている弁護士に、証拠収集から相手方との交渉、調停や訴訟を経て回収に至る対応をご依頼いただくことが可能です。札幌市近郊で故人の財産の使い込みにお悩みの方は、ぜひ弁護士法人リブラ共同法律事務所にご相談ください。
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弁護士法人リブラ共同法律事務所
代表弁護士 菅原 仁人
相続、離婚など家事事件
中央大学法学部卒業後、平成21年に弁護士登録、札幌の法律事務所に入所。3年半の勤務を経て北海道リブラ法律事務所(現弁護士法人リブラ共同法律事務所)を設立。
札幌地域の離婚や相続など、家事事件を主に取り扱っている。現在は札幌市内2か所(札幌・新札幌)と東京1か所(吉祥寺)に拠点を構える弁護士法人の代表として活動している。